2007年当時に、セカンドライフには約100万人のユーザーが押し寄せ、4年前に誕生した3次元の仮想空間を楽しんでいた。人々は、アバターと呼ばれる仮面をつけて、小説家のカート・ヴォネガットの講演を聞いたり、人気のクラブで踊ったり、アルマーニの店で買い物を楽しんだり、バーチャルなセックスをしたり、デジタル不動産への投機に熱狂したりしていた。
ユーザーは、セカンドライフ内の通貨であるリンデンドルで年間1億ドルを消費し、その多くは不動産に使われていた。
セカンドライフの評価額は、1億ドル以上とされ、創業者のフィリップ・ローズデールは、3000万ドル以上の資金を調達した。アマゾンのジェフ・ベゾスも、セカンドライフに注目し、ローズデールと共に、インターネットの未来に思いを馳せていた。
「私たちは、時間の半分をアバターとしてオンラインで過ごすことになるだろうと考えていた」とローズデールは当時を振り返る。しかし、そのような世界を作ることは、「思っていたよりもずっと難しいことだった」という。
2007年がセカンドライフの人気のピークだった。その後は、グラフィックの不具合や接続速度の低下、フェイスブックなどのSNSの出現によりユーザー数は減少した。セカンドライフには、今でも60万人程度のユーザーが居るが、フェイスブックのユーザー数は約30億人に達している。
ローズデールは2008年に退任し、ベゾスのアマゾンは結局、セカンドライフに公式な拠点を置くことはなかった。
そして今、もう一人のテクノロジー業界のビリオネアが、メタバースをより完全な形で実現することを望んでいるが、皮肉なことにそれは、セカンドライフを破滅に追い込んだ張本人であるフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグだ。
ザッカーバーグは、1兆ドル規模のフェイスブックの将来をメタバースの創造に託し、同社の社名を「メタ(Meta)」に改めた(この記事では、読者の理解を助けるために、ザッカーバーグの会社をフェイスブックと呼び続けることにする)。
ザッカーバーグは、メタバースの実現に向けて、2021年の1年間に100億ドル(約1兆1300億円)を投じ、将来的にはそれ以上のコストをかけると述べており、当面の間は赤字になると予想している。非常に大きな金額ではあるが、フェイスブックはその損失に十分耐えられるだろう。同社は昨年、860億ドルの売上に対して291億ドルの利益を上げていた。
ザッカーバーグのプロジェクトは、全く新しいものではない。しかし、フェイスブックには、過去の他の企業にはない利点がいくつかある。その一つは、同社が今後2〜3年で、過去30年間にメタバースに費やされた全費用の合計を上回る資金を投入できること。もう一つは、新型コロナウイルスのパンデミックに直面した人々が、この20カ月間の大半を自宅で過ごした結果、バーチャルなコミュニケーションに非常に慣れているという、シンプルな事実だ。
VRとメタバースの歴史
VR(仮想現実)という言葉は、1980年代にジャロン・ラニアーというコンピュータ科学者によって生み出されたもので、メタバースという言葉は、1992年にベストセラーとなったSF小説「スノウ・クラッシュ」がそのルーツとされている。
セカンドライフを除けば、メタバースの最も具体的な例は、ビデオゲームにある。この分野で最も有名なゲームの「World of Warcraft」は、17年の歴史を誇り、運営元のActivision Blizzard社は、累計80億ドル以上の売上をもたらしている。
一方、2017年にデビューしたエピックゲームズの「フォートナイト(Fortnite)」のユーザーは、ゲーム内の空間を社交の場として捉え、Discordのようなアプリで会話を行っている。また、トラビス・スコットやアリアナ・グランデなどのアーティストは、バーチャルコンサートを開催している。
マイクロソフトもメタバースに進出し、先日は業務コラボレーションツールの「Teams」にVRとデジタルアバターを追加する計画を明らかにした。
そんな中、ザッカーバーグのメタバース構想と、他のプラットフォームとの最大の違いは、VRヘッドセットを使って仮想空間にアクセスする点だ。ザッカーバーグは、2014年にVRヘッドセットメーカーのOculusを20億ドルで買収し、その基礎を築き始めていた。その後、フェイスブックは5社以上のVR関連企業を買収しており、最近ではロサンゼルスを拠点とするゲーム開発企業Withinを買収するなど、今後もこの分野の買収を継続すると述べている。
ザッカーバーグがメタバースにこだわる理由
ザッカーバーグがメタバースにこだわる理由の一つとして、フェイスブックがユーチューブや TikTok、スナップチャットなどに若いユーザーを奪われていることが挙げられる。
さらに、テック業界では反トラスト法(独占禁止法)の問題がクローズアップされているため、フェイスブックは新たな企業を買収することが難しい。そのため、若者にアピールできるアプリを自社で生み出す必要に迫られたザッカーバーグは、VRを中心としたメタバースに活路を見出したと考えられる。また、メタバースへの注力によって、フェイスブックは、ここ最近メディアの注目を集めている内部告発のスキャンダルから、世間の目をそらすことが出来そうだ。
VRヘッドセットは1日30分が限界
フェイスブックは、メタバースを現実のものとするために、どのような課題に直面しているのでしょうか。
初期のVRヘッドセットは、映像の遅延によって吐き気を催させる場合もあったが、マイクロチップの性能が向上したことで、グラフィックはかなり改善されている。しかし、どんなに高性能なヘッドセットでも、VR内のアバターの顔の表情は、ぎこちないものになりがちだ。もしも、私たちがメタバースに住むのであれば、アバターはもっと自然なものである必要がある。
さらに、スタンフォード大学のVR関連のラボの創設者で、ザッカーバーグに助言を与えたことで知られるジェレミー・ベイレンソン教授は、「30分ルール」と呼ばれる課題を提唱した。彼は、現代のテクノロジーでは、人々が一日にVR空間で過ごせる時間が、最大30分だと考えており、30分が経過した後はヘッドセットを外して、現実の世界とのつながりを取り戻す必要があると述べている。
しかし、フェイスブックがメタバースで、人々のネット利用時間のすべてに置き換えようとするならば、それは1日3時間以上に及ぶことになる。
ザッカーバーグはまた、人々にVRヘッドセットをつけることを納得させるために、魅力的なコンテンツを用意する必要があるが、ここで課題となるのは、どのような基準をコンテンツに適用するかだ。
この点について、VRの父と呼ばれるコンピュータ科学者で、現在はマイクロソフトの研究員を務めるジャロン・ラニアーは、「Dawn of the New Everything」という著書の中で、「VRは人類史上最悪の発明になる可能性がある」と述べていた。「フェイスブックと同様なビジネスモデルでメタバースを運営すれば、それは人間性を破壊するものになる」とラニアーは指摘した。
ザッカーバーグのメタバースへの旅は、またしてもコンテンツの適正化をめぐる問題に直面することになりそうだ。