指紋や声、顔などの身体的特徴で個人を特定する「生体認証」を活用する動きが様々な業界に広がっている。スマートフォンのロック解除に加え、自動車の解錠やエンジン始動、クレジットカードの決済、小売店の万引き防止など多方面にわたる。生体認証の導入を進める業界と課題をCBインサイツがまとめた。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
生体認証は決済から車に至るまであらゆる分野のセキュリティー向上に役立つだけではなく、様々な業界の拡張性や効率を高めようとしている。CBインサイツの業界アナリスト予想によると、生体認証技術の産業規模は2025年には590億ドル相当になる。
一方、この技術をプライバシーの侵害だとする見方や、警察や銀行などの部門での誤認による重大な影響を指摘する声もある。
本稿では、生体認証とは何か、そのメリットや課題、様々な業界に及ぼす影響について取り上げる。
■生体認証とは
生体認証では身体や行動の特徴を測定し、分析する。指紋や声などの生体情報は人によって異なるため、認証やアクセス制御に活用できる。
生体認証技術はまだ新しく、克服すべき課題も多いが、成長を遂げている市場であり、一部のメリットにより導入が進んでいる。例えば、生体認証は他の認証オプションよりも安全であり、顧客にとっては便利で、企業にとってはコストパフォーマンスに優れている。
生体認証での個人の特定には以下のような技術が使われる。
・指紋:指紋スキャナーは1回のスキャンで約30の特徴点を捉えることができる。特徴点が8つ以上重なる人はいないため、指紋は非常に信頼性の高い生体認証となっている。
・顔の特徴:顔認証システムでは個人の顔の特徴やパターンを分析し、その人物を認証する。接触は必要ない。顔認証のもう一つの方法は目のスキャンだ。虹彩認証か、目の奥にある静脈のパターンを読み取る網膜認証で個人を識別できる。
・声のパターン:声認証では声を使って話者を特定する。テレフォンバンキングなど電話を使うセキュリティーシステムで最も多く使われている。
・手のひら:手のひらスキャナーは指の長さや手の大きさなどの幾何学的特徴から認証情報を得るか、手のひらの独特の静脈パターンをスキャンする。
・DNA:科学捜査や医療で最もよく使われるDNA型鑑定は、DNAの一部を分析することで個人を正確に特定する有効なツールだ。
・行動的特徴:行動的生体認証とは、身体の特徴を分析するのではなく、個人特有の行動パターンを測定する。歩き方やキーボードの打ち方、身ぶりなどがある。
■生体認証技術が使われる分野
生体認証技術は指紋や顔でスマートフォンのロックを解除する以外にも、多くの業界で活用されている。一部の分野では他の分野よりもさらに進んだ活用法を見据えている。
<自動車>
生体認証は主にセキュリティーや運転手の安全向上のための自動車技術の開発で使われるようになっている。
CBインサイツの業界アナリスト予想によると、自動車における生体認証の市場規模は年17%近く伸び、24年には3億300万ドルに達する。
虹彩や指紋のスキャナーなどは車の施錠や開錠、エンジン始動の標準セキュリティー機能になるかもしれない。車の生体認証機能の多くはまだ開発段階だが、韓国の現代自動車は既に中国で販売している2つのモデルで車の施錠とエンジン始動に指紋スキャンを採用している。
他社は車のセキュリティー向けに生体認証システムの開発を進めている。例えば、独ポルシェはエッジ・コンピューティング(末端近くでの情報処理)のソフトウエア開発を手がける米フォグホーン(FogHorn)と提携し、リアルタイムの顔認証とスマホによる追加認証を併用する多元的認証のプロトタイプを開発している。これが実用化されれば、運転手はスマートキーがなくても車に乗れるようになる。
さらに、多くのスタートアップ企業や自動車サプライヤーが顔認証や視線を追跡する「アイトラッキング」などの生体認証技術を使って運転手のよそ見や疲労を防ごうとしている。例えば、米アフェクティバ(Affectiva)は運転手が集中し、道路に注意を払っているかどうかを身体の状況から判断する運転手モニタリングソフトを開発している。
<金融サービス・銀行>
金融サービスのデジタル化に伴い、銀行やフィンテック企業は不正行為を阻止し、取引の安全性を高め、顧客体験を向上させるためにより厳格な認証ルールを採用するようになっている。
銀行を舞台にした不正行為はまん延している。大手会計事務所KPMGが実施した調査によると、18年の不正行為の被害総額と件数は前年比で約60%増えた。ネットでの不正やなりすまし、データ盗難などが増えている。
このため、生体認証技術はクレジットカードやATM、ポータルサイトなど金融サービスのセキュリティーシステムの戦略的要素になっている。顧客もこのトレンドをけん引している。米マスターカードによると、パスワードではなく生体認証を使っている消費者は9割を超える。
2019-12-26 16:55:47