●世界トップクラスの打ち上げ性能をもつ、中国の最新鋭ロケット
中国国家航天局は2019年12月27日、最新鋭の大型ロケット「長征五号」3号機の打ち上げに成功した。同機は2017年に2号機が打ち上げに失敗しており、この成功で復活を果たした。
これにより、2020年に予定されている、月からのサンプル・リターン探査機や、火星探査機、宇宙ステーションの打ち上げへの道が開いた。一方で、その運用や旧型ロケットからの世代交代をめぐっては課題も見受けられる。
長征五号の3号機は、日本時間2019年12月27日21時45分(北京時間20時45分)、海南島にある文昌衛星発射センターから離昇した。
ロケットは順調に飛行し、約37分後に搭載していた通信衛星「実践二十号」を分離。所定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。
実践二十号は質量約8tもある大型の静止通信衛星で、QバンドとVバンドという周波数帯を使った高機密性・大容量の通信技術や、高推力の電気推進エンジン、高出力の太陽電池など、数多くの新しい技術の実証を行うことを目的としている。
長征五号とは?
長征五号は中国が開発した最新鋭ロケットのひとつで、2016年にデビューした。直径5m、全長57mで、地球低軌道に最大25t、静止トランスファー軌道に最大14tの打ち上げ能力をもち、中国のロケットのなかで最大、また世界のロケットのなかでも米国の「デルタIVヘヴィ」や「ファルコン・ヘヴィ」に次ぐ、トップクラスの性能を誇る。
開発は、中国国営の巨大宇宙企業である中国航天科技集団公司(CASC)の傘下にある、中国運載火箭技術研究院(CALT)が担当した。打ち上げは、中国のハワイこと海南島に新たに建設された、文昌衛星発射センターから行われる。
ロケットは2段式を基本とし、1段目(コア・ステージ)には、液体酸素と液体水素を推進剤とするYF-77エンジンを2基装備する。YF-77はガス・ジェネレーター・サイクルを採用しており、1990年代に開発された長征三号ロケットの上段エンジン「YF-75」をもとに、中国にとって初となる大推力の極低温エンジンとして開発された。
コア・ステージの周囲には、液体酸素とケロシンを推進剤とするYF-100エンジンを装備した液体ブースターを4基装着。YF-100は酸化剤リッチ二段燃焼サイクルと呼ばれる、複雑で高い技術が必要なものの、高い効率が発揮できる仕組みを採用した高性能エンジンで、世界でもソ連/ロシアしか実用化に成功していない。
そして2段目には、液体酸素と液体水素を推進剤とするYF-75Dエンジンを2基装備する。YF-75Dは、長征三号の上段エンジンであるYF-75を改良したものである。
また、オプションとして「遠征二号」と呼ばれる上段を3段目に搭載することもできる。遠征二号は四酸化二窒素と非対称ジメチルヒドラジンを推進剤に使い、複数回の再着火ができ、静止衛星を静止軌道へ直接投入したり、複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したりといった運用を可能としている。
厳密には、2段式の標準形態を「長征五号」と呼び、2段目をなくし、1段目とブースターのみの構成にし、低軌道への重量物の打ち上げに特化した機体を「長征五号乙」と呼ぶ。過去にはブースターの本数を2基に減らした、長征五号よりもやや小さな打ち上げ能力をもったバージョンなども計画されていたが、ラインアップを整理するためか、現在では消えている。
そして長征五号の最大の特徴は、エンジンやタンクの一部などを、同時期に開発された中型ロケット「長征七号」や、小型ロケット「長征六号」と共通化し、「モジュール化」を実現している点である。たとえば長征五号のブースターは、長征七号の1段目機体とほぼ同じであり、タンクやエンジンなどをほぼ流用。また長征六号の1段目にもYF-100を使用しているなど、可能な限り部品や生産ライン、治具などを共通化することで、製造にかかるコストや時間の低減、打ち上げの高頻度化などを図っている。
なお、厳密には、長征五号と長征七号はCALTが開発したのに対し、長征六号は同じCASCの傘下にあるものの別の企業である上海航天技術研究院(SAST)が担当しており、エンジンなどは同じなものの、電子機器が異なるなど、共通化は限定的なものになっているとされる。
これら新型の長征ロケットは、現在の主力ロケットである「長征二号」や「長征三号」、「長征四号」からの世代交代を目指している。長征二号などの旧型の長征ロケットは、1960年代の設計をベースとしており、性能や効率が悪く、また人体や環境に有害な推進剤を使っているため運用性にも難がある。新型の長征ロケットはこうした問題を解決し、打ち上げ手段の自律性を維持しつつより高めるとともに、国際的な衛星打ち上げ市場への本格的な参入も目指している。
長征五号 2号機の失敗と復活
長征五号は2016年11月に1号機が打ち上げられ、初飛行ながら完璧な成功を収めた。
しかし、2017年7月に打ち上げた2号機は打ち上げに失敗。ロケットと衛星は軌道に乗れず、大気圏に再突入して失われることになり、以来約2年半にわたって打ち上げが停止することとなった。
中国は詳細をあまり明らかにしていないが、この失敗の原因は、打ち上げから約6分後、1段目にある2基のYF-77エンジンのうち、どちらか1基のエンジンの液体水素ターボ・ポンプが、「複雑な熱環境」によって破損したためだとされる。これにより液体水素の供給が止まり、エンジンが停止。ロケットは墜落することになったという。
事故後、中国はYF-77のターボ・ポンプの設計変更を行い、燃焼試験もやり直した。さらに、長征五号全体の品質管理プログラムを見直すなどの徹底した対策を施した。また、ロケットの構造も見直して軽量化し、打ち上げ能力もやや向上させたうえで、今回の3号機の打ち上げに挑んだ。
●月や火星へ飛ぶ長征五号、一方で進まぬ旧型ロケットからの世代交代と失敗
火星探査機、月サンプル・リターン探査機打ち上げへの道が開いた
今回の長征五号の復活により、中国は2020年に予定している3つの大規模な宇宙計画を、前へ進めることができるようになった。
現在中国は、2020年7月ごろに、火星探査機「火星一号(Huoxing-1)」の打ち上げを予定している。火星一号は火星周回衛星と着陸機、そして探査車からなる大規模なミッションで、質量も大きいことから、長征五号を使わなければ打ち上げられない。
なにより、地球と火星との位置関係の都合上、火星探査機の打ち上げに最適なタイミングは約2年2か月ごとにしか訪れない。そのため、もし長征五号の打ち上げ再開が遅れれば、2020年のタイミングを逃し、2022年以降へ延期となる可能性もあった。
そして2020年の後半には、月に着陸して石な砂などのサンプルを回収し、地球に持ち帰る(サンプル・リターン)探査機「嫦娥五号」の打ち上げも予定されている。嫦娥五号もまた探査機が大きいため、長征五号でなければ打ち上げられない。また、嫦娥五号はすでに完成していることから、関係者らは打ち上げ再開を首を長くして待っていた。
さらに2020年中には、大型の宇宙ステーション「天宮」の、最初のコア・モジュールである「天和」の打ち上げも予定されている。天和もまた大きな機体であるため、長征五号乙を使う必要がある。
こうしたことから、長征五号が早期に打ち上げ再開し、そして成功をもって運用に復帰できるかどうかが、これらの野心的なミッションの運命を握っていたといっても過言ではなかった。そして、無事に2019年中に打ち上げを再開したことで、当初の予定からは遅れたものの、それぞれ2020年中に実施できるめどがついたことになる。
くわえて、月探査も火星探査も、宇宙ステーション計画も、さらに次のステップへと進められるようになったばかりか、木星や土星の探査など、より大規模なミッションに挑むことができる可能性も出てきた。すでに中国科学院は、小惑星や木星、土星、さらには冥王星や太陽系外縁部などの探査構想を明らかにしており、長征五号の復活によって、その検討や実現に拍車がかかることになろう。
進まぬ旧型ロケットからの世代交代と頻発する失敗
一方で、旧型の長征ロケットからの世代交代があまり進んでいないこと、そして旧型ロケットの打ち上げ失敗がたびたび起こっている点は懸念材料である。
長征二号、三号、四号などからの世代交代を目指して華々しくデビューした新型の長征ロケットだが、デビューから4年が経ったにもかかわらず、長征五号は前述のように3機打ち上げて1機が失敗、長征六号は2015年と17年、19年に1回ずつの計3機、長征七号は2016年と17年に1回ずつの計2機と、打ち上げ頻度はきわめて低い。対して旧型の長征ロケットは、いまなお年間約20機が打ち上げられ続けている。
新型長征ロケットは、タンクやエンジンを共通化するモジュール化を採用している以上、大量生産こそがコスト削減や打ち上げの高頻度化の鍵であり、その真価となるはずだが、まだその域に達しておらず、コスト削減などの効果も出ていないようである。
また、長征七号すらまともに打ち上げられていないにもかかわらず、その長征七号の液体ブースターを固体ブースターに換装し、打ち上げ能力がほとんど同じ「長征八号」という別のロケットの開発も進んでいるなど、開発や運用計画が迷走している気配すらある。
その一方で、旧型の長征ロケットの運用も順調とはいえない。旧型の長征ロケットは高い成功率と信頼性を誇っていることで知られるが、2016年には長征四号と長征二号が打ち上げに失敗し、2017年には長征三号が、2019年5月にはまた長征四号が失敗している。大前提として、年間約20機とかなりの数が打ち上げられていることを考慮する必要はあるが、それでも1年に約1機の頻度で失敗しているのは、生産や運用の現場でなんらかの問題が起きている可能性がある。
たとえば、次世代長征ロケットの開発や運用、切り替えに向けた準備などと並行して運用が続いていることから、現場にとって大きな負担がのしかかり、さまざまな作業を逼迫しているのかもしれない。また、それによって、あちらが立てばこちらが立たずな状態に陥っており、新型長征ロケットへの切り替えが進まない理由になっているとも考えられる。
はたして長征ロケットの今後はどうなるのか、これからの動向を注意深く見守る必要があろう。
2019-12-29 22:23:09