世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。
このウイルスには、現状では確立された有効な治療法がない。従来型の細菌性肺炎なら、抗菌薬で病原体を殺すことで治癒できるが、新型肺炎にはその薬がまだない。そのため別の疾患の治療薬を転用することで治療効果が得られるのではないか、とする研究が世界中で進められている。
治療薬として期待されている“喘息吸入薬”
抗インフルエンザウイルス薬の「アビガン」、抗HIV薬の「カレトラ」、エボラ出血熱の治療薬として開発された「レムデシビル」などがそれだが、もう一つ、期待されている薬に「オルベスコ」という、喘息治療用の吸入薬がある。安倍首相イチオシのアビガンに比べてニュースで取り上げられる頻度は低いが、すでに国内でも新型肺炎患者にこの薬を使い、良好な治療成績を見せている医療機関がある。
神奈川県立足柄上病院は、県内に8つある第二種感染症指定医療機関の一つ。大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で感染した乗客の一部をはじめ、3月末までに市中感染を含む13人の感染者を受け入れた。
神奈川県立足柄上病院
ここで治療に当たっているのが同院総合診療科(内科)医長の岩渕敬介医師だ。病院の性格上、「軽症患者のみ」を受け入れるつもりでいた同医師だが、実際に搬送されてくると、入院後に重症化するケースが少なくなかった。世に出て間もないこのウイルスは、その素性を示す情報量が圧倒的に少ない。暗中模索の日々を余儀なくされていた岩渕医師は、藁にも縋る思いで出席した国立感染症研究所の拡大対策会議でオルベスコに出会う。
ウイルス増殖を阻害する
「COVID―19に対して様々な喘息吸入薬の効果を検証したところ、オルベスコにのみウイルス増殖を阻害する働きが認められた」という報告を聞いたのだ。
報告を聞いた岩渕医師は驚いた。
「以前から子供や高齢者にも広く使われてきた薬だ。これが本当なら……」
病院に戻った岩渕医師はすぐに上司と相談し、急いで院内の倫理委員会を通してオルベスコの導入に踏み切る。
「劇的な回復ぶりに、私自身驚きました」
最初に投与した重症肺炎患者は、酸素吸入をして起き上がることもできない状況だったが、オルベスコを投与後2日で、食事が摂れるようになり、自分で歩けるまでに回復した。
「劇的な回復ぶりに、私自身驚きました。正直、“救われた”と思いました」(岩渕医師、以下同)
その後も髄膜炎を併発した重症例をはじめ、3月末の時点で6人の新型肺炎患者にオルベスコを使った。患者はいずれも退院、もしくは回復傾向に転じている。
「オルベスコは、実験室の結果ではウイルスの増殖抑制作用が認められているが、実際に人間の体内でどのような働きをしているのかは分かっていない。ただ、一つ言えるのは、この薬は安全だ、ということ。それがなければこの薬を使っていたかどうかわかりません」
戦争に例えられる現状、未知のウイルスを相手に、兵器は何種類あっても不都合ではない。暗闇の戦いの中で、オルベスコという新兵器を手にした岩渕医師は、こうつぶやいた。
「わずかに視界が開けてきたような気もする……」
岩渕医師の貴重な報告は、「文藝春秋」5月号及び「文藝春秋digital」に掲載した「現場医師の報告 新型肺炎『重症化』の苦しみ」でくわしく読むことができる。
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2020-04-26 20:29:52