アップルは9月にApple Watch Series 6、Apple Watch SE、iPad Air、10月にiPhone 12シリーズ、11月にM1搭載Macと、3ヵ月連続で大型リリースをしてきました。発表と製品発売のタイミングもずれていることもあって、常になんらかアップルの情報がテクノロジーニュースに流れている状態が維持され、時折話題をさらう「アップルにまつわる噂」すら、出る幕もなかった状態でした。
コロナ禍、あるいはニューノーマルの中で、アップルは自身のビジネスをうまく加速させていったと総括することができます。そうした大きな話題をさらう製品が多数登場した裏で、アップルがじっくりと進めている、他者との差別化要因になる重要なアップデートも続いていました。
●App Storeのプライバシー表示
アップルは常々、プライバシーへの取り組みの先進性をアピールしてきました。これまでに何度も強調してきた4つの原則は、次の通りです。
1. 取得するユーザーデータを最小化すること。 2. データをできるだけサーバに送らず、できるだけデータをデバイス上で扱うデバイスインテリジェンス。 3. データ利用に透明性を持たせ、ユーザーが管理できるようにする。 4. セキュリティ保護。
アップルによると、こうした方針の製品への実装は実に2005年のSafariに搭載した「サードパーティーCookieのブロック」機能に遡り、位置情報利用許可、Wi-FiやBluetooth通信の保護、Appleでサインインなど、その取り組みを続けてきました。
2020年のWWDCでは、更なるプライバシー機能の強化として、「おおよその位置情報」、「録音・録画インジケーター」などのOSの機能強化が加わりましたが、2020年12月15日に明らかになったのが、「App Storeプライバシー情報」の表示です。
開発者はアプリを公開する際、共通のプライバシーに関する質問に答えると、App Store上に全アプリ同じフォーマットで、ユーザーのデータ活用や収集、紐付けに関する情報が表示される仕組みを導入したのです。
あくまで、個人情報を使うアプリを悪とするわけでなく、そういう開発者のビジネスモデルを変更する必要もありません。しかし、もしユーザーの情報を集めたり使うなら、その透明性を担保せよ、というメッセージでした。
ただし、開発者による自己申告制で、齟齬がある部分についてアップルが見つければ、個別に開発者と是正についてやりとりする仕組みでの管理だそうです。
そのため、プライバシー保護の「仕組み」を取り入れたわけではありませんし、そうしたユーザーへの通知と実際が異なっていた場合は、個別のユーザーによる訴訟などでの対応となるのはこれまでと同じです。
あくまで開発者側の意識付けであり、ユーザーにとっても、自分のプライバシー情報に敏感になるべき、という啓蒙活動と言えます。それでも、「What’s App」などの開発者からは、不満の声が上がっています。
Axiosによると、What’s Appは、「iOS標準のアプリはプライバシー表示を行わずユーザーが使い始めており、表示が必須のサードパーティーアプリにとって不公平な状況となっている」点を指摘しました。
アップル純正のアプリは、ユーザーのデータを利用する場合、人を象った特別なプライバシーアイコンでデータ使用について告知しています。純正アプリでも、同じフォーマットでユーザーに告知すべきでしょう。
加えて、プライバシーラベルの不備も、What’s Appは指摘しています。データ収集にフォーカスしており、集めた情報の暗号化などによる保護の仕組みについては知ることができない、というのです。このあたりは開発者の声も聞き、暗号化や保護、保管の仕方などについて、もう少し情報を増やしても良いのではないか、と思いました。
●Apple Watchの心肺機能計測
また12月15日、watchOS 7.2の配信と共に登場したのが、心肺機能の計測です。これにより、健康状態の予測因子をApple Watchで調べ、ヘルスケアアプリで管理することができるようになります。
新たに取得できるようにしたのは「最大酸素摂取量」(VO2Max、ml/kg/分)という値で示される数値で、数字が大きいほど、肺から血液に酸素をより多く取り込むことができることを表します。
米国心臓協会など、世界中の医療研究機関は、心肺機能の低さと健康リスクに相関があり、VO2Maxの数字を追跡することが重要だとしています。
既存のApple Watchに内蔵されているセンサー類に加え、アップデート直後にあらためて身長や体重、年齢といったデータを更新すると、心肺機能レベルが推定できるもので、アップルはそのために実際に運動しながらガスマスクを装着し、酸素の摂取量を計測する形で、新しいアルゴリズムを設計したそうです。
屋外で歩く、走るといった条件を満たした際に自動的に計測、記録される仕組みで、ユーザーが特別捜査する必要はないそうです。
もし4ヵ月間、値が低い状態が続くと、通知を出して知らせてくれます。これを受け取った人は、その改善へと取り組むきっかけとなります。
心肺機能とApple Watchに相性が良いのは、運動によって値を改善することができる点です。特に高強度インターバルトレーニングが有効で、すでにApple Watchのワークアウトアプリにも、このトレーニングの計測が用意されていました。
watchOS 7.2とともに、米国などの英語圏ではApple Fitness+も開始となりましたが、今回の心肺機能の計測と直接的なつながりはないそうです。
●領域の拡がりとプレス施策
アップルは製品とサービスによって売上を上げている機能です。見方を変えると、製品とソフトウェア、サービスをすべて自社で設計することによって、その価値を発揮している企業です。
確かに製品の魅力は他社に比べて非常に強く、ある種のベンチマーク的な存在にもなっていますが、それでもアップルのプラットホームは、パソコンで言えばWindows、スマートフォンで言えばAndroidと比べて小さな勢力にとどまっています。
そうした企業が注目され、またテクノロジー業界の指針となる存在であり続けている点は、アップルのブランド力の勝利でしょう。
人種やジェンダーの問題、気候変動をはじめとする環境問題、国際関係、プライバシーや健康など、人類が生きると言うこと……。アップルが扱わなければならない問題は、すでに人類や社会にまつわる「すべて」になっており、膨大な時間をかけながら、これらに答えを出し続けている状態です。
取り組みの足りなさや改善すべき点ももちろんありますし、むしろそうした声について、アップルは歓迎して受け入れるのではないでしょうか。そうした歩み寄りと、ユーザーの当事者意識、より良くしようというモチベーションを共有できる点もまた、ブランドのなせる技だと感じています。
2020-12-16 18:51:38