昨年、7月28日、ヤクルト球団とソニー、ソニーPCL連名のプレスリリースがスワローズファンを驚かせた。
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「ホークアイのプレー分析サービスの実証実験を東京ヤクルトスワローズと開始
ピッチャープレートからホームベース間の投球・打球を正確に捉えてデータ化」
プレスリリースはこうだ。
「本サービスは、ホークアイの画像解析技術とトラッキングシステムにより、ミリ単位の正確さで光学的にボールなどの動きを捉えて、リアルタイムに解析し、投球の速度・回転数・回転の方向・軌跡など、さまざまな種類のデータを取得するもの」
トラックマンとホークアイ
筆者は思った。(あれ? データ解析と言えば、トラックマンが神宮球場や2軍の戸田球場に導入されているはず……)
2018年1月6日付の『日刊スポーツ』にはこうある。
”本拠地・神宮球場に最新鋭機器が導入される。ヤクルトの球団首脳が高性能弾道測定器「トラックマン」を導入する方針であることを明かした。軍事レーダーシステムを応用し、球速だけでなく、ボールの回転数、打球の角度や正確な飛距離まで計測することができるもので、米大リーグでは全30球団が活用している。日本でも2014年に導入した楽天を皮切りに各球団が続々と設置しており、昨季までに7球団が導入済み”(抜粋)
その下には「導入費用は2000万円程度」「技術の向上はもちろん、数値の変化で故障の予防に役立つ」と付け加えてあった。
それから4年、多額の費用をかけた「トラックマン」は「技術の向上」と「故障の予防に役立」っているのだろうか? 導入直後の18年は2位、しかし19年、20年と最下位の現実も。果たして選手の故障など改善の兆候は……?
しかし、トラックマン導入2年で球団は「ホークアイ」と契約。さらに1か月後、20年8月21日のソニーからのリリースにはさらに驚かされた。
「MLBがホークアイのプレー分析サービスを2020年シーズンから全球場で導入
リアルタイム解析した精密なデータを球団やファンに提供」
MLBを追随するスワローズ
スワローズが実証実験に協力しているシステムはすでにMLBで導入され、「トラックマン」をいち早く導入したMLBは、「ホークアイ」へとデータ解析の軸足を移している……。
MLBに追随する動きを見せるスワローズの本意は? こうしたデータはどう取得され、いかに活用されるのだろう。
その疑問を晴らすべく、元選手であるスワローズ広報部の2人を相手に「ホークアイ体験企画」が持ち上がった。
ソニーグループから「ホークアイ・ジャパン」代表の山本太郎氏を説明役に、スワローズからは中継ぎで活躍した元投手・河端龍広報、そして一昨年までバイプレーヤーとして活躍された三輪正義広報が「ホークアイ」を体験することに。
システムを説明する山本氏(中央)
元投手と元野手が体験
――なぜスワローズは「12球団で唯一」の導入となったのか?
山本 スワローズさんはMLBの動きに敏感で、一昨年からMLBで様々なテストしていたのをいち早くご存知で、その時からコンタクトをいただいていたんです。MLBでテスト済の”完成品”を導入させてもらったほうがこちらとしては楽だったんですが(笑)、熱心にスワローズさんから実証実験を行うご提案を頂き、昨年6月からシステム用のカメラをまずは4台導入し、現在は4台を追加して計8台設置してもらっています。
――「ホークアイ」とは?
山本 「ホークアイ」はイギリスが本国の会社の名前で、主にスポーツのビデオ判定や、ボールトラッキング技術を使ったサービスを提供しています。もともとはクリケットのボーラー(ピッチャー)が投げるボールの軌跡を、テレビ放送で見せようと開発したシステムが基になっています。日本でもテニスの大会でイン・アウトの判定をしているのを見たことがあるかもしれませんが、トラッキング技術を使った審判をサポートするシステムの一例です。
サッカーの得点判定の「ゴールラインテクノロジー」やVAR(ビデオアシスタントレフェリー)、一昨年のラグビーW杯で有名になったTMO(テレビジョンマッチオフィシャル)も同社のシステムを使用したサービスで、MLBでは14年から「チャレンジ」の一部として審判判定のシステムを採用しています。
MLBでは20年から全30球場で選手のトラッキングを開始。取得されたデータはMLBから全球団に提供され、選手育成や審判技術の評価にも使われています。
トラックマンとの決定的な違い
――すでに導入されている「トラックマン」との違いは?
山本 「トラックマン」さんはレーダーを使ったドップラー効果によってボールの回転数などを追跡するシステムですが、ホークアイはこれをカメラによる映像でトラッキングします。つまり、より正確かつ緻密なデータが得られるということです。また、カメラを使用していますので、映像の読み直しが可能となり、データのロスが非常に少ないところが違いと言えます。
MLBの球場はカメラを12台使用、神宮球場ではカメラが8台で、ボールトラッキング、プレイヤートラッキング、選手の骨格の動きなどを追跡し、データを取得します。
三輪 「骨格の動き」というと、具体的にどういったデータでしょう?
山本 投手が投げて打者が打つところ、そして投手、打者がどういうフォームをしているかというような動きを、約20か所の関節の動きでトラッキングします。例えば、投球を重ねることによって普段70球くらいまで問題なく投げられる投手が、50球くらいで肘が下がり、同時に投球のスピン量が落ちている、ということまでわかります。ボールの縫い目とロゴを画像で追うことで、ジャイロ回転など特徴的な回転も捉えられる。これはタイムラインでも確認する事が出来、スローやコマ送り、ループ再生などの映像で確認できます。さらには、これらのデータを使用して、CGを作成し、様々な角度から投球動作の確認ができます。
河端 これは投手にとって、すごい映像ですね。この動作解析の映像でゲームをしてみたい(笑)
三輪 神宮球場ではどのようにデータを取得しているのですか?
山本 神宮球場に実証実験開始当初に設置した4台のカメラでは、ボールのスピード、スピン、方向性、落差など様々なデータを解析しています。投手のリリースポイントの位置、高さ、どのように投球がホームプレートを通過した等、全て映像と数値で見ることができる。現在は、カメラをさらに4台増やして、計8台にすることによって守備位置、打球に対する守備のリアクションスピード等まで追うことができます。
打者の「差し込まれているな」「前さばきが必要だ」の感覚も図示
三輪 投手だけでなく、攻撃のデータも取れるわけですね。
山本 打者のバットのスイング軌道、ボールのコンタクトポイントなども図示することができるので、例えば「差し込まれているな」とか「前さばきが必要だな」など、感覚的な部分が図示されます。ボールの軌道を画像で示すことができるので、コーチの指導用資料や、メディアへの映像提供も視野に入ります。
三輪 僕は骨格データに興味があります。ケガ予防に繋がりますか?
山本 骨格の投球フォームを映像化できるので、ケガに繋がりそうな因子をいち早く見つけることができます。カメラはスイッチングでき、前、横、上、様々な角度からフォームを分析できます。リアルな3D映像に変えることもできるので、例えばゲームやアニメーションへの転換などエンターテインメント化も可能です。実際、イギリスではクリケットの投球映像を3D化して中継映像に差し込んだりしています。
河端 こういったリアルな3D映像はファンの皆さんに見せたいですね。
山本 映像はリアルタイムでデータ化され、ファイルに変換。選手がその日のうちに、タイムラインを追いながら、停止、コマ送り、スロー再生、アングル変換等、パソコンやタブレットを通じ、自由に映像を見ることができるようにしたいと思います。すべてのデータを統合すると選手の3Dイメージが作成されて、肘や関節の位置も見ることができます。
(この日は神宮球場で試合がなかったが、リアルタイムの神宮球場の映像が映し出され、雨に濡れたブルーシートが見える)
雨天中止のヘッスラ&つば九郎の「空中くるりんぱ」も3D分析
河端 これ今の神宮ですか? 極端な話、三輪の雨のヘッドスライディングの距離やスピードも出るんですか(笑)?
山本 角度、距離、スピード、すべて映像で分析できます。
三輪 うわ~、俺、引退を早まったかな……。
河端 プレーやそれ以外の部分もエンタメ化して、球団HPで見せるとか可能性が広がりそうですね。
三輪 球団HPでつば九郎の「空中くるりんぱ」の3D分析映像を載せされる日も遠くなさそうです(笑)。
――お二人に聞きますが、このシステムが現役時代にあったら?
河端 僕は上背もなく、球も速くなく、球種も少ないというピッチャーだったんですが、こだわっていたのは、どれだけ同じリリースポイントから球を投げれるかということ。フォークを得意としていたけど、手が小さくて落ち幅も大きくなかったので、回転があるフォークで、ストレートの軌道から外して打者を打ち取ることを考えていました。
フォークは、第2関節で挟んでそのままストレートと同じように押し込んで投げる感覚です。もしホークアイがあったら、フォークを投げるときはどんなフォームで、どこでリリースして、どういう回転、回転数をしているのかを見て、それが自分の感覚とどう合致してるのかを確認したかったですね。
山本 実際スワローズの分析担当者さんも、投手がリリースを開始してどこでボールが離れ、それがいかにホームプレートに近いのかという「エクステンション」という概念を話題にします。これがホームに近ければ近いほど、打者は反応が遅れるそうです。
河端 打者から「空振りを取れたフォーク」と、「見逃されたフォーク」は数値的にどう違うのか。”感覚との答え合わせ”ができるのは本人も、コーチにもいろんな気付きを与えられると思います。
山本 MLBのいくつかの球団では同じシステムを練習グランドやブルペンにも入れています。試合とブルペンでの数値を見比べれば感覚の違いが分かると思います。とくに戸田球場で使ってもらって、データに慣れている若い選手に訴求できれば。
骨格映像でクセの分析も
三輪 僕は打者ですが、極端な話「今日はどんな球が来ても打てる!」っていうときと「なに投げられてもからっきしダメ……」という日があったんです。その感覚が数値で出たらどんなにありがたいか(笑)。
走塁時は相手投手の背中側の映像を何度も何度も見て牽制のクセなどの研究をしてましたけど、骨格の映像があったら、有利になりますよね。ただ、最後は「人と人との勝負」なのが野球。駆け引きとかデータで絶対出てこない部分もあるので、偏ってもいけないのかなとも思います。
河端 毎年出される選手名鑑もデータ重視になってきて、ホットゾーンが掲載されていますが、広報部としても球団のHPで公開して、データが好きな新たなファンを獲得するということにもチャレンジできれば。
三輪 膨大なデータを活用するにはやはりコーチの役割が大きいと思いますね。これを感覚でやっている選手にどう”通訳”できるかが大事なのかも。そうするにはたくさんのアプローチの仕方が必要になってきますね。
こうしたシステムには、心拍数や発汗量などを測定し、精神状態の分析も行われようとしているという。燕に導入された“鷹の目”は果たして、今後チームにどのような成果をもたらすのか。選手の一挙手一投足を見つめるファンの「目」も変わるだろう。
2021-04-24 20:39:39