基本的にどんな物質でも絶対零度以上の温度があれば熱放射(熱が電磁波として伝わる現象)を放つ。赤外線カメラが感知しているのもこれだ。
そのため赤外線カメラを前にすれば、背景に溶け込むイカした迷彩服を着ていようが、闇夜にすうっと紛れ込もうがまったくの無意味。あなたの姿はまるっとお見通しなのだ。
だが、居場所を告げ口してしまう熱特性を覆い隠して、赤外線カメラを欺くことができる新素材が開発された。
その素材がすごいのは量子性が備わっているところだ。古典的な物理学では説明不能なあの不可思議な特性があるのだ。
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温度と熱放射を切り離す量子素材
赤外線カメラを出し抜く技術はこれまでにもあった。たとえば、ここ最近開発されたグラフェンやブラックシリコンからできた素材は、電磁放射を翻弄し、カメラから物体を隠すことができる。
しかし今回の量子素材は物体の温度と熱放射を切り離すという、なんだか物理法則を無視するかのような直感に反することをやってのける。
別に物理法則を破っているわけではない。それでも、その効果は物理法則がこれまで考えられていたよりも案外柔軟である可能性を示唆しているという。
熱放射を隠し赤外線カメラに映らなくする
酸化ニッケルサマリウム(samarium nickel oxide)が持つ特性のいくつかは、数十年前に発見されてからいまだに謎に包まれている。
ここ10年ほど、その解明を試みてきたアメリカ・パデュー大学のシュリラム・ラマナサン氏は、その分子構造から酸素を取り除くと、優れた電流絶縁体として応用できそうな直感に反する特性を発見した。
さらに酸化ニッケルサマリウムは、高温で絶縁相から導電相に切り替わる数少ない素材でもある。
こうした特性を利用すれば、温度と熱放射を分離できる可能性があった。熱放射を操作して熱伝導を制御できるなら、赤外線カメラから見つかりにくくすることも、反対に目立たせることもできる。
そこでラマナサン氏らは、サファイア基板を酸化ニッケルサマリウムでコーティングし、従来の素材と比べてみた。
実験として各素材を100~140度の範囲で熱してみたところ、他の素材では温度の上昇に応じて熱放射も上昇したが、酸化ニッケルサマリウムの場合は熱してもほとんど熱くなっているようには見えなかった。
「通常、素材を加熱したり冷却したりすれば、電気抵抗がゆっくりと変化します。ですが、酸化ニッケルサマリウムの電気抵抗が見せる絶縁状態から導電状態への変化は、これまでのものとは違います。それが特定の温度の範囲ならば熱光特性をほぼ一定に保ちます」とラマナサン氏は説明する。
つまり温度に応じて上昇する熱放射を隠してしまうので、それを手掛かりにする赤外線カメラには物体が見えなくなってしまうということだ。
2019-12-20 18:36:30